全能者勉強5 2022/6/10
創世記 1章 26節、27節
神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。……神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。
神に性の区別はない。神は思い通りに自身の働きを行い、また働きを行う中でいかなる制限も受けず、非常に自由であるが、働きの各段階にはそれぞれの実際的な意義がある。
「もしも神が男性としてのみ受肉したならば、人々は神を男性として、男たちの神として定義し、女たちの神だとは決して信じないはずだ。すると男たちは、神は自分たちと同じ性別であり、男たちの長(おさ)であるとするだろう。しかし、女たちにとっては何になるのか。これは不公平であるし、えこひいきではないか。そうであれば、神が救ったすべての人は神と同じ男ということになり、女は一人も救われないということになる。神は人類を創造したとき、アダムを創り、そしてエバを創った。神はアダムだけを創造したのではなく、自分にかたどって男と女の両方を創ったのである。神は男たちだけの神ではなく、女たちの神でもある。」
「今の段階の働きが最後の時代になされていなければ、全人類は神について暗い陰(かげ)に包まれてしまうだろう。もしそうなら、男は自分を女より高い地位にあるものと考え、女は堂々としていることが決してできないだろう。そうなれば、女は誰一人として救われないだろう。人々はいつも、神は男であり、そのうえ女を常に嫌悪(けんお)し、救いを与えないと信じている。もしそうなら、ヤーウェによって造られ、また堕落したすべての女には救われる機会がないというのは、本当のことなのではないか。それなら、ヤーウェが女を造ったこと、つまりエバを造ったことは無意味だったのではないだろうか。そして女は永久に消滅するのではないだろうか。ゆえに、終わりの日におけるこの段階の働きは、女だけでなく全人類を救うためになされるのである。神が女性として受肉したなら、それはひとえに女性を救うためだろうと考える者は、まさに愚か者である。」
「神は本来どんな名前ももたなかったということを知るべきである。神には行なうべき働きがあり、人類を経営しなければならなかったのだから、一つや二つの、あるいは多くの名前を名乗っただけのことである。どのような名で呼ばれるにしても、神はそれを自ら自由に選んだのではないか。」
「神は自ら働きを行なうそれぞれの時代に、自身が行なおうとしている働きを要約するため、その時代に合った名前を用いるのである。神はその時代における自身の性質を表わすために、一時的な意義を有する特定の名前を用いる。これは、神が自身の性質を表現するために人間の言語を用いるということである。」
“Each of the four living creatures had six wings and was covered with eyes all around, even under its wings. Day and night they never stop saying:“ ‘Holy, holy, holy is the Lord God Almighty,who was, and is, and is to come.”(Rev 4:8)
”Then I heard what sounded like a great multitude, like the roar of rushing waters and like loud peals of thunder, shouting:“Hallelujah!For our Lord God Almighty reigns.”(Rev 19:6)
“And the twenty-four elders, who were seated on their thrones before God, fell on their faces and worshiped God, saying:“We give thanks to you, Lord God Almighty,the One who is and who was,because you have taken your great power and have begun to reign.”(Rev 11:16,17)
ヨハネの黙示録 11:17
「今いまし、昔いませる、全能者にして主なる神よ。大いなる御力をふるって支配なさったことを、感謝します。」
ヨハネの黙示録 15:3
「全能者にして主なる神よ。あなたのみわざは、大いなる、また驚くべきものであります。万民の王よ、あなたの道は正しく、かつ真実であります。」
ヨハネの黙示録 19章 15節
この方の口からは、鋭い剣が出ている。諸国の民をそれで打ち倒すのである。また、自ら鉄の杖で彼らを治める。この方はぶどう酒の搾り桶を踏むが、これには全能者である神の激しい怒りが込められている。
だから最後の時代――終わりの日の時代――が来た時、わたしの名前はまた変わるのである。わたしはヤーウェやイエスとは呼ばれないし、ましてやメシアとは呼ばれないが、力ある全能の神自身と呼ばれ、この名前の下でわたしは時代全体を終らせるだろう。わたしはかつてヤーウェとして知られていた。わたしはメシアとも呼ばれ、また、人々はかつてわたしを救い主イエスとも呼んだ。わたしを愛し、尊敬したからである。しかし、今日わたしは人々が過去に知っていたヤーウェでもイエスでもない。わたしは終わりの日に戻ってきた神、時代を終らせる神である。わたしは、わたしの全性質を余すところなく顕し、権威、名誉、栄光に満ちて地の果てから立ち上がる神自身である。……
最終的には、あらゆる諸国はわたしの言葉のために祝福され、わたしの言葉のために粉々に砕かれもする。このようにして、終わりの日にすべての人は、わたしが戻ってきた救い主であり、人類のすべてを征服する全能神であり、かつては人のための罪の捧げものであったが、終わりの日にはすべてを焼き尽くす太陽の炎にもなり、またすべてのものを露わにする義の太陽でもあることを理解するだろう。それが終わりの日のわたしの働きである。わたしはこの名前を名乗り、この性質を持ち、すべての人がわたしが義の神であり、照りつける太陽、燃え立つ火であることが理解できるようにする。そうするのはすべての人が唯一の真の神であるわたしを崇め、わたしの本当の顔を見ることができるようにである。わたしはイスラエル人たちの神であるだけではなく、贖い主であるだけでもなく、天、地、海の至る所にあるすべての創造物の神である。
ヨハネの黙示録16章 13節、14節
わたしはまた、竜の口から、獣の口から、そして、偽預言者の口から、蛙のような汚れた三つの霊が出て来るのを見た。 これはしるしを行う悪霊どもの霊であって、全世界の王たちのところへ出て行った。それは、全能者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。

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